森保一監督が将来の日本代表について、「最終的にはスペインのように、ボールを握りながら局面でも勝っていくチームを目指すべき」と語ったことが話題になった。
もちろん、その言葉の真意は「今すぐスペインのサッカーを真似しよう」ということではないだろう。スペインが世界最高峰の完成度を示している以上、一つの理想像として挙げることに何ら問題はない。
しかし、西部謙司氏が指摘するように、現在のスペインサッカーは、一朝一夕に出来上がったものではない。
西部氏の論説を引用すると、その原点は1988年、ヨハン・クライフがアヤックスで築いた思想をバルセロナへ持ち込んだことに始まる。そして約20年という歳月をかけて、グアルディオラがそれを完成させ、さらにバルセロナの育成システムが代表チームと一体化することで、世界最強のスタイルへと昇華された。
つまり、現在のスペインは「スペインらしいサッカー」を作ったのではない。
オランダから輸入した思想を、自国の育成システムとクラブ文化の中で数十年かけて磨き上げ、「スペインのサッカー」に変えていったのである。
そして興味深いのは、その完成品を真似しようとした国々が、必ずしも成功していないことだ。
ドイツもイタリアも一時的には成果を上げた。しかし、その後は自国らしさとの間で揺れ動き、アイデンティティを模索する時代が続いている。
完成形だけを真似ても、その土台までは輸入できない。
これが世界サッカーの現実なのだろう。
日本は何を目指すべきなのか
では、日本はどう進むべきなのだろうか。
私は、今回のワールドカップで日本代表が見せた戦い方こそ、日本サッカーが積み上げてきた大きな財産だと考えている。
日本代表は、世界トップレベルのタレントを数多く揃えているわけではない。
それでも世界の強豪国と互角以上に戦えた理由は明確である。
攻守において組織が崩れない。
全員が同じ絵を共有し、全員が同じタイミングで動き、誰が出ても同じ強度でプレーできる。クラブチームのような緻密な組織力を代表チームで実現していた。
これは世界的に見ても決して当たり前のことではない。代表チームは活動期間が短く、多くの場合、個の能力に依存しやすい。その中で日本は、組織力という武器を極限まで高めてきた。これは日本サッカーが長年積み重ねてきた一つの文化であり、簡単に手に入るものではない。
というか、逆かもしれない。
日本文化の土台のうえにあるようなサッカーを見せてもらった気がしている。だからこそ、この強みを捨てる理由はまったくない。
ここから必要なのは「個」のレベルアップ
ただ一方で、今回のワールドカップを見て改めて感じたこともある。
スペインやアルゼンチンの選手たちは、組織だけではなく、一人ひとりの技術や判断速度、ボール保持能力がさらに一段高い。
ブラジル戦を見ても、個々のレベルが日本の選手よりもかなり違った。局面を一人で変えられる選手が何人も存在する。
だからといって、日本もスペインやアルゼンチン、ブラジルのようなサッカーへ舵を切ればよい、という話ではない。
日本にはすでに世界でも十分通用する組織力がある。だから今後は、その組織力を維持したまま、育成年代から「個」をさらに高めていくことが重要になる。
止める、蹴る、運ぶ。
狭い局面で失わない。
相手を一人ではがせる。
判断の速さ。
認知能力。
球際の強さ。
こうした個の能力が一段階、二段階と向上すれば、日本の組織力はさらに威力を増す。
組織か個か。
その二者択一ではない。
組織という土台の上に、より高い個を積み上げるのである。これは20年くらい前から言われ続けていることである。ということは、以前と同じか。
「The Japan Way」は、これから完成していく
スペインは40年以上かけて自国のスタイルを完成させた。
日本もまた、同じように自分たちだけのサッカーを育てる時期に来ているのではないか。
スペインを目標にすることは悪くない。
しかし、スペインになる必要はない。
世界には、それぞれの国にしか生み出せないサッカーがある。
日本には、日本にしか作れないサッカーがあるはずだし、これまでの歴史がある。
1)1990年代初頭のオフトさんによる全員が同じ絵を見るサッカー
・ラインコントロール
・ゾーンディフェンス
・コンパクトな陣形
・攻守の切り替え
2)1990年代中盤 加茂さん・岡田さんによる日本化したゾーンプレスとマンマークの融合化
・献身性
・規律
・守備組織
3)トルシエさん時代(1998~2002)
「全員で守り、全員で攻める」を極限まで高めた。最後は選手による微調整。
・プレス
・カバー
・連動
4)ジーコさん時代(2002~2006)
「個の育成」ジーコによる逆方向への反発
・もっと自由に。
・もっと個性を。
・もっと判断を。
このころから海外組が増え始める
5)オシムさん時代(2006~2007)
「考えて走る」
オシムは日本サッカーに"Think"を持ち込んだ。
・止まって受けるな。
・空いたスペースへ動け。
・判断。
彼の哲学は現在まで色濃く残っている。
6)第2期 岡田さん時代(2007~2010)
「リアリズム」
日本らしい組織を残しながら、現実的な守備。
そこからの速攻。
7)ザッケローニさん時代(2010~2014)
「保持への挑戦」
初めて「自分たちでボールを持つ」ことへ挑戦。
香川、本田、長友、内田らの世代だった。
しかし保持はできても、世界のプレッシャーには苦しんだ。プレッシャーのある中で技術を出せないかった。ここで「ボールを持つだけでは勝てない」ことを学ぶ。
8)ハリルホジッチさん時代(2015~2018)
「デュエル」
ハリルさんは世界との差は1対1だと考えた。
縦へ。
速く。
球際。
デュエル。
ただ、日本の文化との融合は十分ではなかった。
しかし、このデュエルを意識することで、プレッシャーのある中で技術を出せるようになってきた。とても大事なことだと今になって思う。
9)森保さん時代(2018~)
「融合」
森保ジャパンが面白いのは、これまで30年間を否定していないこと。考えてみれば、森保さんはオフトの薫陶を受けている。
オフトの組織。
トルシエの連動。
オシムの判断。
ザックの保持。
ハリルの強度。
これら全部を取り入れようとしている。
だから今回のワールドカップでは、
世界でも珍しい「クラブチームのような代表」になっていた。
誰が出ても同じ強度。
同じ距離感。
同じプレス。
同じ攻守。
代表チームとは思えない完成度だった。
こうやって、この40年弱をみると、多少の浮き沈みは見られるが、日本人・日本文化の強みを考えた上で、きちんと弱点をなくそうとし、強化しているのではないかと思える。
Jリーグができてから、これまでの40年間で、土台はできたのではないかと思う。
クラブレベルの組織力に、世界基準の個の能力を育成年代から積み上げていく。
それは遠回りに見えるかもしれない。
しかし振り返れば、スペインもまた40年以上かけて現在の姿にたどり着いた。
そう考えると、日本が自分たちの強みを磨き続けながら、その上に世界最高水準の個を育てていくことこそが、結果的には世界一へ近づく最も確実な道なのではないだろうか。
目指すべきは「第二のスペイン」ではない。
世界が「あれが日本のサッカーだ」と認める、The Japan Way の完成である。