colnyago’s diary

勝手気ままに書き散らかしたものです

FWの選択

あと2ヶ月でWカップ。あまりピンとこない。通常なら、欧州サッカーがオフになった6〜7月ごろに開催される。ところが今回の開催地はカタールのために、11月開催となった。

それはさておき、日本代表のFW争いは誰になるのだろうか。体調が万全なら、大迫なのだろうが、現所属のV神戸でもあまりパッとしない。今の日本代表のサッカーは、メンツから行くと前からプレス、あるいはそれがかわされたり、できなかったら自陣にブロックを敷いてからの堅守速攻型が合うと思う。特に、前田や古橋がいるし。これがAプラン。そして、Bプランとして面白そうなのが、杉山氏が書いた記事。

news.yahoo.co.jpこれ、本大会でできれば、かなり面白いと思う。”ダブルウイング”のくだりは、ワクワク感がある。この前のアメリカ戦も、この形に近かった。鎌田と久保で時間を作りながら、前田と伊東でゴリゴリ行くのもアリかもしれない。または、前田と伊東でゴールラインまで進入、マイナスの折り返しを鎌田、久保でしとめるのもいい。

ゲーム展開や、相手次第で、プランAとBを使い分ける。なおかつ、今回のWカップは5人交代制なので、どんどん選手も入れ替えて、常にフレッシュな選手で変幻自在なサッカーをやってほしい。

エクアドル戦の雑感

 エクアドルの選手一人一人のボールキープ力高く、日本の選手が一人でいってもなかなか取れなかった。一人で取れないので日本の選手が2人、3人で囲みにいくと、ミドルパスで散らされて攻め込まれる展開が多かった。

 ボール支配率は少し日本が上回ったが、効果的ではなかった。必然的に決定的チャンスも少なかった、というところか。

 これだけの強度だと柴崎では厳しい。守田や遠藤が出ないとしんどいが、果たして今日のエクアドルから守田や遠藤できちんと刈り取れるのか、そこも見ておきたかった。全員総とっかえではなく、チームとして骨子となる選手はある程度残して前半を戦い、後半に個々の選手を試すようなTMでもよかったとも思う。これだとチームとしても、練度が上がらない。

 一方、上記の理由で攻めの方は、チャンスが少なかった。このレベルになると三苫も対策されなかなか単独突破できない。サイドバックなり、トップ下が連動してサポートする必要がある。日本はそれなりにチームとしてボールキープできるが、それができるのば、ミドルサードまでだし、相手次第である。日本の自陣で強プレスされたら、耐性はなく、前線に向けてロングパスしかないが、大迫がいないのでそれも苦しい。また、個々の選手レベルでのボールキープ力も弱く、ワールドカップのレベルだと苦しくなる。本番では、よく言われる弱者の戦い方、自陣にブロックを作り専守防衛からのカウンターをせざるをえないのかもしれない。結局、4年前とあまり変わらないではないか。大迫がいない分、4年前よりいけてない。

 だからこそ、Bプランを作るための4年間だったのではなかったか。選手層が厚くなったのは確かだが、全員Aプランに当てはめている。森保監督、前回も経験しているのだから、逆算してやってほしかった。

日本の教育

www.nikkei.com

記事にあるように、日本も欧州のような教育にすべきだと思う。

大学卒ということに、もっと誇りと社会的信用を与えられるようになるといい。

現状、高校レベルのまま卒業していってしまう学生が多い。さらに、私立大学で、附属中学高校が存在するのであれば、中学以降、高校入試、大学入試の経ず、下手をすると、一部は中学レベルの学力のまま、大学卒業ということにもなりかねない。

そうすると、その学生を雇用した企業は、その学生個人ではなく○○大学の卒業生という目で見るために、今後その大学から学生を取ってもらいにくくなってしまう。

今の大学教育をなんとかするためには、立ち戻って中学や高校教育から考えていかないと成り立たなくなってしまう。

日本は、もうすでにこの段階まできてしまっている。

むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく

井上ひさし氏の言葉

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」

 科学をはじめいろんな分野に通じる教えだと思う。研究者の活動としては、新しく得た知見について、世間一般に知らせるということで、最近はプレスリリースなどがよく利用される。これは、文科省の勧めでもある。私も、何度かプレスリリースはやったことがあるが、だいぶ苦労したことを覚えている。科学の各分野で使用される専門用語は、一般ではほとんど使用されない。我々があたりまだと思っている言葉やフレーズが、ついプレスリリースでも出てしまうが、これはダメなのだ。私は文科省のスタッフさんから、プレスリリースでは、新聞記事と同レベル、つまり義務教育を終了した方が理解できる言葉遣いで、資料を書き、記者会見では話してほしい、と言われた。当時、書き上げた原稿にだいぶ赤字で修正された記憶がある。

 プレスリリースだけではない。私は、自分の研究や最新の論文で得た知識を、授業でも伝えるようにしている。そこでも、むずしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、伝えなければならない。これらかの可能性を持った学生なので、それらの可能性を潰さないようにしなければいけない。

こんなことやってもな

www.asahi.com

国際共同研究の支援ということだが、肝心の大学の改悪が進行中なので、結局付け焼き刃的なお金の使い方でしかない。非常に刹那的と言っていい。

うまくいくのは、その道で既に名声や実績を持った人たちで、それ以外の人たちにとって、正直なところ、ほぼ無関係と言っていい。

まずは、間違った大学改革をやめて、本来の大学があるべき姿に戻すこと、これに尽きる。

最近の大学教育について

toyokeizai.net

この記事は、最近の大学教育にも当てはまると思う。

少子化と大学進学率が高まり続けているので、当たり前だが、大学に入ってくる学生の学力は低下し続けている。

偏差値トップの東大や京大でも、レベルは違えどほとんどの先生たちが学力低下について嘆いている。

下のランクの大学から定員割れ、私大でひどくなると経営破綻だし、国公立ですら文科省の意向もあるかもしれないが、アンブレラ方式や統合がこの先も進むと考えられる。

少なくなった18歳の学生たちを収容人口が上回る大学群が取り合う時代なのだ。

そこで、私大を中心に、私たちの大学に来れば、楽しい大学生活を送れます、というキャンペーンをはるようになった。当然、これにはオープンキャンパスも含まれる。

本来、大学のあるべき姿とは、あたらしい価値を創造するところにある。価値とは、学術的なもので、何年経っても廃れず、さらに新しい価値の元になるものである。もちろん、その価値は、人が使えるように加工しても良いが、元々加工は企業がするものだ。価値の加工のやりすぎは、これも大学の価値をかえって下げることになる。

楽しい大学生活キャンペーンは、この価値とは逆行する。

元々大学側が楽しい大学生活を供与することなどできないのである。遊園地で楽しむようなもので、そこにあるものしか提供できない。目の前にあるもので100%なのだから。

そうではなく、価値を見つける努力や価値を得ることが、最も重要な大学生活につながる。まあ、私が今言っている内容は、大学原理主義なのかもしれない。時代にそぐわないのかもしれないが、すでに手遅れになりつつある、日本の大学教育、さらには小学校からの教育のあり方に対する疑問なのだ。

受験生の方々へは、楽しい大学生活キャンペーンをやっている大学ほど、中身のない大学だ、ということを認識していただきたいと思う。

アメリカのやること

www.nikkei.com

これは、第二のウクライナではないか。

ウクライナ戦争で、アメリカはエスカレーションになるということで対ロシアの戦争を直接していない。武器の供給に徹している。

元々、ウクライナが大統領選挙でロシアとの関係性を保つような政権を維持しようとしていたところを、アメリカは横槍を入れて反ロシア政権を樹立させてきた。また、ウクライナ東部のロシア住民を蔑ろにするような政治を主導させてきた。つまりは、ウクライナ内戦を引き起こし、ロシアを戦争に焚きつけたわけだ。

それで、ヨーロッパの国々はロシアにエネルギーを頼りきっているが、ウクライナ戦争でのロシアへの対応からロシア産エネルギーの供給を絶ちつつある。では、足りないエネルギーはどうするのかというと、アメリカがアメリカ産の天然ガスを大量に売りつけているのだ。また、前述のようにウクライナには武器を供与している。

現状、一人勝ちしているのはアメリカなのだ。

このうまいやり方(自分を傷つけず、金儲けはしっかりする)を、今度は対中国に仕掛けようとしている。

この場合、戦場になるのは台湾と日本、および韓国になる可能性が高い。極東での出来事なので、アメリカ本土は痛まない。バイデンは、軍事介入すると失言したが、これはパフォーマンスだろう。中国も核保有国なのだから、ウクライナと構図は同じだ。