8月27日の「日経モーニングプラスFT」で、「私立大学再編の波 教育の実力どう評価」という特集が放送されていた。
ゲストは、教育政策や大学経営に詳しい日本経済新聞編集委員の中丸亮夫氏である。
少子化によって大学の生き残り競争が激しくなるなか、財務省は私立大学を大幅に削減する試算を示している。しかし、大学の数を減らせば問題が解決するというほど、話は単純ではない。
進学率が上がっても、大学進学者は減っていく
日本の18歳人口は、1992年の約205万人をピークに減少し、2025年には約110万人となった。
一方、大学進学率は上昇を続け、2025年には過去最高の58.64%に達している。これまでは18歳人口が減少しても、進学率が上がることで大学進学者数は維持されてきた。
しかし、その段階もいよいよ終わる。
文部科学省は、2026年以降、進学率が上昇しても大学進学者数は減少すると予測している。文部科学省の推計では、2040年の18歳人口は約74万人、大学入学者数は約45万5000人となる。
現在と同程度の入学定員を維持した場合、2040年の定員充足率は約72%まで低下する。外国人留学生が増えたとしても、70%台にとどまる見込みである。
すべての大学が現在の規模のまま存続することは、もはや現実的ではない。
「私立大学4割削減」は決定事項ではない
こうした状況を受け、財務省は2026年4月23日の財政制度等審議会に、私立大学の規模を大幅に縮小する試算を提示した。
報道では、「現在624校ある私立大学を、2040年までに少なくとも約250校減らす」「私立大学の4割削減」と大きく取り上げられた。
ただし、これは政府が正式に決定した計画ではない。財務大臣の諮問機関に財務省が示した試算・提案という段階である。財政制度分科会の配付資料をもとに、今後の大学規模や私学助成の在り方を議論しようというものである。
それでも、「4割削減」という数字が大学関係者に大きな衝撃を与えたのは当然だろう。
大学数と学生定員は比例しない
中丸氏は、この財務省案について「やや乱暴なところがある」と指摘していた。
重要なのは、大学数を4割減らしても、大学全体の学生定員が4割減るとは限らないことである。
2025年度の私立大学のうち、約300校は入学定員400人未満の小規模大学である。小規模大学が多数閉鎖する一方、大都市の大規模大学が定員を増やせば、大学数ほど学生定員は減少しない。
むしろ、地方の小規模大学だけが次々と消え、学生が東京、大阪、名古屋などの大都市圏にさらに集中する可能性もある。
大学数だけを目標にすると、地方創生とは反対の結果を招きかねないのである。
約3000億円の私学助成はどう配分されているのか
国は毎年、私立大学などに約3000億円の経常費補助金を交付している。
私学事業団の資料によると、2025年度の私立大学等経常費補助金は約2979億円である。大学別では、早稲田大学が約90億円で1位、慶應義塾大学が約90億円で2位となっている。また、交付額上位10校のうち7校が医学部を設置する大学である。
もっとも、この順位をそのまま「教育の優れた大学ランキング」と受け取ることはできない。
一般補助は、学生数や教職員数などを基礎として算出される。大規模大学ほど交付額が大きくなりやすく、医学部や理工系など、教育・研究に多額の費用を必要とする分野には手厚く配分される仕組みである。
したがって、補助金の総額だけを見て、大学の教育力を比較することはできない。
一方で、国費が投入されている以上、その大学がどのような教育成果を上げているのかを検証する必要はある。学生数と教員数だけで機械的に配分するのではなく、教育内容や社会的役割も考慮した配分に改めていくべきだろう。
文系76万人余剰、理系124万人不足
産業構造の変化も、大学再編に大きく関係している。
経済産業省の「2040年の就業構造推計」では、大卒・大学院卒の文系人材は約76万人余る一方、理系人材は約124万人不足すると予測されている。
AI、ロボット、半導体、情報通信などの分野が拡大する一方、日本の大学は文系学部の比率が高く、産業界が必要とする人材とのミスマッチが生じるという見通しである。
ただし、これを「文系は不要だから削減し、理系に置き換えればよい」と理解するのも危険である。
AIや生命科学が発展するほど、法律、倫理、心理、経済、教育、社会制度などの知識が必要になる。求められているのは単純な文系削減ではなく、文系学生もデータサイエンスを学び、理系学生も倫理や社会制度を学ぶような、文理横断型の教育への転換である。
看板だけを「データサイエンス学部」や「情報学部」に掛け替えても、十分な教員、設備、カリキュラムがなければ意味はない。
東京23区の定員規制は地方を救っているのか
大学再編をめぐっては、東京23区内の大学定員規制も争点になっている。
東京一極集中を抑えるため、2018年から東京23区内にある大学は、学部・学科の新設などによって定員を増やすことが原則として禁止されている。この規制は2028年3月に期限を迎える。
しかし、東京の大学の定員を抑えたことで、地方大学の衰退に歯止めがかかったのかというと、効果は明確ではない。
東京の大学への進学を制限しても、地方大学の教育内容、研究環境、就職先、生活環境が魅力的にならなければ、若者が地方に残るとは限らない。
大学の経営や学部再編の自由を制限するよりも、地方大学の教育・研究力を高め、地域産業と結びついた雇用をつくる方が本筋である。
地方大学を守るには、東京を縛るという消極策ではなく、地方に行きたいと思わせる積極策が必要なのだ。
経営難の私立大学を公立化すればよいのか
地方では、経営難に陥った私立大学を自治体が引き受け、公立大学へ転換する例も増えている。
公立化すれば授業料が下がり、志願者が増えることがある。しかし、設置者を学校法人から自治体に変えただけでは、教育内容や地域の人口構造まで変わるわけではない。
経営赤字を地方税で穴埋めするだけになれば、問題を私立大学から自治体へ移したにすぎない。
文部科学省の検討会でも、公立化した大学では、地域内からの入学率や地域内就職率がかえって下がる傾向があるとの指摘が出ている。公立化によって全国から学生が集まっても、卒業後に地域へ残らなければ、地方創生という目的は達成できない。
公立化を判断する際には、
- その地域に本当に必要な人材を育成しているか
- 卒業生が地域の医療、福祉、教育、産業を支えているか
- 他大学と重複しない専門分野があるか
- 自治体が長期的な財政負担に耐えられるか
- 公立化以外に統合や連携という選択肢はないか
を検討しなければならない。
大学の「教育の実力」を何で測るのか
これから大学を再編するなら、偏差値、知名度、定員充足率だけで存続大学を決めてはならない。
偏差値は入学者の学力を示す指標であり、その大学が学生をどれだけ成長させたかを示すものではない。定員が埋まっていることも、教育内容が優れている証明にはならない。
大学の教育力を評価するには、少なくとも次のような観点が必要である。
- 入学時から卒業時までに学生の知識・技能がどれだけ伸びたか
- 退学率、留年率、卒業率と、その背景にある学生支援
- 資格試験合格率、就職後の定着率、専門分野との関連
- 教員数、少人数教育、実験・実習設備などの教育条件
- 研究成果や地域社会・産業への貢献
- 財務の健全性と学校法人のガバナンス
- 教育成果や財務情報を社会に分かりやすく公開しているか
入学者の学力が高い大学が、優れた教育をしているとは限らない。反対に、入学時の学力が高くない学生を丁寧に教育し、専門職として社会へ送り出している大学には、大きな教育的価値がある。
本来評価すべきなのは、「どのような学生を集めたか」だけではなく、「入学した学生をどこまで成長させたか」である。
守るべきなのは大学ではなく、学生の学びである
18歳人口が急減する以上、大学の統合、学部再編、定員縮小、撤退は避けられない。すべての大学を現在の形のまま残すことはできないだろう。
しかし、「定員割れだから不要」「小規模だから閉鎖」「東京だから定員を増やさせない」という機械的な判断では、日本の高等教育全体を弱体化させる。
教育力のある小規模大学や、地域に不可欠な医療・福祉・教育人材を育てる大学まで消えてしまえば、一度失われた教育・研究基盤を取り戻すことは難しい。
大学を存続させること自体が目的なのではない。
守るべきなのは、現在学んでいる学生の教育、これから進学する若者の選択肢、そして地域や社会に必要な知識と人材を育てる機能である。
私立大学の再編は避けられない。しかし、必要なのは大学数を先に決めて切ることではない。
教育の実力と社会的役割を透明な基準で評価し、残すべき大学には重点的に支援し、役割を終えた大学には学生を保護しながら統合・撤退を促す――。
その丁寧な仕組みをつくれるかどうかが、これからの日本の高等教育を左右するのである。