スマートフォンは、今や子どもたちにとって最も身近な情報機器となった。小学校高学年では約7割がスマートフォンを所有しているという調査結果も報告されており、中学生ではさらに高い割合になると考えられる。
確かに、スマホは便利である。家族や友人との連絡、調べ学習、動画視聴、地図、決済など、日常生活に欠かせない機能を数多く備えている。今後の社会を考えれば、子どもたちがスマホを使いこなす能力も必要になるだろう。
しかし、その一方で気になる研究結果も数多く報告されるようになってきた。
それは、「スマホを長時間利用する子どもほど、脳の発達や学力に悪影響が認められる」という報告である。
もちろん、「スマホは悪い」と単純に結論づけることはできない。しかし、神経科学の立場から考えると、発達期の子どもにとって注意すべき点がいくつか存在することも事実である。
発達する脳は「使われた回路」が育てられる
子どもの脳は大人とは異なる。
特に前頭前野は20歳前後まで成熟が続くことが知られている。この領域は、思考力、計画性、注意力、判断力、感情のコントロール、我慢する力、さらには他者の気持ちを理解する能力など、人間らしい高次認知機能を担っている。
脳には、「よく使われた神経回路ほど強化される」という基本的な性質がある。
反対に、十分に使われなかった回路は発達が遅れ、不要と判断されたシナプスは刈り込まれていく。このシナプス刈り込みは、発達期の脳ではごく自然な現象であり、効率的な神経回路を作るために欠かせない過程でもある。
つまり、子どもの脳は「何に時間を使ったか」によって少しずつ形づくられていくのである。
問題はスマホではなく「受動的な時間」
スマホそのものが脳に悪いわけではない。
プログラミングをしたり、動画を編集したり、文章を書いたり、調べ学習を行ったりする場面では、前頭前野は活発に働いている。
一方で、
ショート動画を次々と眺める。
SNSを目的なくスクロールし続ける。
おすすめ動画を延々と見続ける。
このような使い方では、自ら考える時間が極端に少なくなる。
脳は筋肉によく例えられる。
筋肉は使わなければ衰える。同じように、思考する機会が減れば、思考を担う神経回路も十分には鍛えられない可能性が考えられる。
東北大学加齢医学研究所の研究では、長期間にわたってインターネット機器を長時間利用している子どもでは、MRIで評価した脳構造の発達が小さい領域が広く認められたことが報告されている。
テレビなどでは「脳の3分の1が発達しなかった」と紹介されることもあるが、これは脳そのものが失われたという意味ではない。MRIで観察される発達指標の変化を一般向けに分かりやすく表現したものであり、そのように理解する方が正確である。
学力との関係も無視できない
仙台市の児童・生徒を対象とした研究では、スマホの利用時間が長くなるほど、学力が低下する傾向が認められている。
興味深いことに、まったく利用しない子どもよりも、1時間未満だけ利用している子どもの方が成績は高かった。
この結果は、「スマホが勉強に役立つ」という意味ではないだろう。
むしろ、自分自身で利用時間をコントロールできる自己制御能力を持った子どもが多く含まれていた可能性が考えられる。
重要なのは、スマホを持つことではなく、スマホを管理できることである。
「ながら勉強」は脳に最も負担をかける
近年、多くの子どもが勉強中にもスマホを手放さない。
通知が来れば画面を見る。
少し疲れればSNSを見る。
また勉強に戻る。
脳は一度に複数の認知課題へ集中できるわけではない。
実際には、
勉強 → スマホ → 勉強 → SNS
というように注意が何度も切り替えられているだけである。
この切り替えには大きな認知コストが伴う。
研究では、スマホを操作しながら3時間勉強した子どもの成績が、スマホを触らず30分集中して勉強した子どもとほぼ同程度であったという結果も報告されている。
学習時間ではなく、どれだけ集中できたかが学力を左右すると考えられる。
子どもは親の背中を見て育つ
もう一つ興味深い研究がある。
親のスマホ利用時間が長い家庭ほど、子どもの利用時間も長くなるのである。
子どもは親の言葉よりも行動を見ている。
「スマホばかり見てはいけない」と言われても、食事中も会話中も親がスマホを見ていれば、それが家庭の標準になる。
子どもだけにルールを課しても、長続きしない理由はここにある。
家庭全体でスマホとの付き合い方を考えることが重要なのである。
大切なのは「禁止」ではなく「時間を取り戻すこと」
私は神経科学を研究しているが、スマホを禁止すべきだとは考えていない。
スマホは今後ますます必要な道具になる。
だからこそ必要なのは、「使わない」ことではなく、「使われない」ことである。
子どもの脳が最も大きく成長する時期は、一生のうち一度しかない。
本を読む。
友達と遊ぶ。
外で体を動かす。
家族と会話する。
何かについてじっくり考える。
失敗しながら工夫する。
こうした経験によって神経回路は少しずつ作り替えられ、思考力や創造性、社会性が育まれていく。
スマホが問題なのではない。
スマホによって、こうした貴重な経験の時間が奪われてしまうことこそが問題なのである。
子どもの脳を育てるために必要なのは、最新の教育法でも、高価な教材でもない。
家庭の中でスマホとの距離を少し見直し、「考える時間」「遊ぶ時間」「会話する時間」を取り戻すこと。その積み重ねが、子どもの未来の脳を育てる最も確実な方法なのではないだろうか。